海上自衛隊と米海軍の艦艇五十隻が参加して行われた共同演習で、イージス艦 「ちょうかい」にひるがえったZ旗、大スクープや! =11月4日、沖縄県南東海域
不肖・宮嶋の現場、初のカラーページ
読者の皆さま、お待たせしました。不肖・宮嶋の現場、連載五十三回目にして初のカラーぺージである。
戦後初の大スクープや!この瞬間、正論読者五十万人の目が「クワッ」と見開かれた音が、ワシの耳にもちやあんと届いているで。え?何がスクープか分からんやて?
よ~おく見てみい。空と海とイージス艦の、一面灰色の世界のど真ん中で、深紅のバラの如くひるがえる色鮮やかな旗を。
え?まだ分からん?Z旗や、Z旗!時は明治三十八年五月二十七日、所は対馬沖の日本海。強敵バルチック艦隊の艦影を左舷南方に確認した連合艦隊司令長官東郷平八郎が旗艦三笠のマストに掲げた、あのZ旗である。
名参謀秋山真之が起草したことでも知られる、あのZ旗である。
先の大戦中も大きな海戦ではいつも掲げられた、あのZ旗である。それが今、我が自衛隊のイージス艦「ちようかい」のマストに、堂々とひるがえっとるのである。
そう、今まさに、皇国ノ興廃、此ノ一戦ニアリ、なのである。正論2月号目次ページスキャン画像(クリックでネットのHP目次ページ)
Z旗知らんのか…
不肖・宮嶋、この日のあることをどれほど夢見たことか!。
演習とはいえZ旗が掲げられた以上、もはや自衛隊はその時々の政権党に振り回される哀れな組織やない。皇国のために命をかける、まっこと麗しき皇軍である。それをこの目で見、この手で写真におさめることができたのである。鳴呼、選ばれし者の悦惚がこの身を打つ。
ところがや。この大スクープに身を震わすワシに対してや。周囲の編集者の冷ややかなこと冷ややかなこと…。この写真を目にしても、「これが何か…」とドン引きなのである。
「そっ、そんな…。よう見て下さい。これZ旗ですよ、Z旗…」
「へ?これがジェット機ですか?」
「…」日本のゆとり教育、ここに極まれりである。
12月18日の「坂の上の雲」で放送された旗艦・三笠
にZ旗が掲揚されるシーン(スクリーンショット)
Z旗知らんのである。司馬遼太郎先生の「坂の上の雲」読んどっても、NHKのスペシヤルドラマ観とっても、日教組の反日教育にどっぷり染まっとるせいかZ旗のシーンが心に響かず、記憶に残らんのである。
せやからワシがカラーぺージを要求しても、「金がかかるからモノクロでいいでしよ。ほら、いつものあのフレーズ、『カラーでお見せできんのが残念である』って書けばいいじやないですか」と、こんな調子である。ワシの担当者の中でも一番気の弱そうな本誌編集者をつかまえ、オドしたりナダめたりでようやっとカラーぺージをせしめたが、それまでどれほど地団駄踏んだことか…。
エエか、よう聞けよ。アルファベット旗の最後であるZ旗は、一八〇五年のトラファルガー海戦でイギリス艦隊ネルソン提督が「この戦いに敗れればもう後がない」という意味を込めて旗艦に掲げ、フランス・スペイン連合の無敵艦隊を撃破したまっこと由緒ある旗なのである。
もっともその時は「みんなガンバレ」程度の意味しかなかったが、我が国海軍の秋山真之が新たに「皇国ノ興廃、此ノ一戦ニアリ」の名文句を付け加え、以後は不屈の日本艦隊を象徴するようになったまっこと勇ましき旗なのである。
しかもアルファベットや数字など五十種類ある旗族信号のうち、赤青黄黒の四原色を組み合わせたのはZ旗だけという、まっこと美しき旗なのである。
あっ、誰や、「Z旗の国際的な意味は『引き船がほしい』である」とか知ったかぶりしとる奴は。
ま、確かにZ旗を商船が掲げとれば「タグボートよこせ」である。あるいは漁船が掲げとれば「操業中やから邪魔するな」である。しかし我が国軍艦がZ旗をひるがえしたらその意味は一つしかない。
皇国ノ興廃、此ノ一戦ニアリ 各員一層奮励努カセヨ
なのである。
みずほもきよみも…
それにしてもや。自衛隊艦艇にZ旗あがるの大スクープをものにしたのがワシやったのは、当然のこととはいえ幸いやった。朝日新聞のカメラマンに撮られてみい、どエラいことになるで。
「いつから日本は天皇の国に戻ったのか」「憲法改悪の危機」「シビリアンコントロール崩壊」「許すな自衛隊の暴走」と、ロクに取材もせんくせにオドロオドロしい見出し並べるやろ。
(後略、正論2月号、カラー&P174-P175より抜粋)